本研究の視点
人間の評価(物事に対してどのように感じているか)を抽出することは、これからのデザインをはじめ、物事の善し悪しを判断するのに必要不可欠である。そこで本研究では、『人間が刺激に対して行う評価』を研究対象とする。その際、人間が行う評価には『論理に基づく評価』と『感性に基づく評価』の2つが存在するという前提をもとに研究を進め、本研究では後者の『感性に基づく評価』を研究対象とし、人間の感性を用いた評価をデータとして抽出する試みを行なう。「感性」をテーマにした研究はその歴史が浅く、まだ始まったばかりといっても過言ではない。つまり、いまだ確立された手法が無いのが現状であり、有効な手段の確立が現在の課題であると考えられる。なお本研究では、『感性に基づく評価』を示すデータのことを『感性情報』と呼ぶものとする。
本研究における感性の仮定義
本研究における感性の仮定義は、「後天的に構築される人生観やライフスタイルが基盤となる直感的な評価・判断基準」である。例えば、人間がある車を見て「かっこいい」と感じるか「レトロ」と感じるか、はたまた「ダサい」と感じるかは個人によって異なる。感性とは、その個人がそれまでに経験してきた全ての事柄が基盤となって構築される絶対的な「判断・評価基準」である。
また、もう一つの重要な側面として「直感性」をあげる。前述の車の事例で言えば、「かっこいい」「レトロ」「ダサい」という評価を、論理的に行う事は非常に困難であるのにもかかわらず、その評価は車を見た瞬間に下される。(じっくりとスペック表をにらんだ上での評価は、感性によらない論理的な評価である。)
- 形容詞や感情語などの評価用語という人によって受ける印象が異なる指標を基準にする場合、指標そのものの定義が困難である。
- 音楽や映像のように『刺激』そのものが変化する場合があり、また変化の無い刺激に対しても『時間』の経過とともに人間の受ける印象が変化する可能性があり、部分部分の評価をすることが難しい。
- 人間は刺激に相対した瞬間的に、その感性的な評価能力により瞬間的に評価を下している。この評価こそが人間の真の嗜好をあらわすものであり、この評価を抽出することが難しい。
本研究が創造する評価手法
瞬間的に行われ時系列的に変化するであろう、人間の感性に基づいた評価を、論理的な基準といえる形容詞や感情語などの言語によらない、非言語的要素をもちいて行う評価手法を、本研究では創造し、人間の感性に基づく評価を含むデータ「感性情報」の抽出を行なう。
「感性情報」の側面
「直感性」の観点から「感性情報」の側面を記すと、人間が刺激に相対した瞬間に、個人毎に構築されている「判断・評価基準」をもとに「直感的・瞬間的」に評価が下されるものであり、それは総合的判断のもとに一つの評価が下されるものではなく、各瞬間瞬間に評価が下され続けていくものであると考えられる。また「判断・評価基準」の観点から「感性情報」を記すと、人間が刺激に相対した瞬間までを含む過去の経験により構築済みの「判断・評価基準」を基に、その刺激を評価することになり、その刺激を見続ける(刺激を繰り返し提示される)等により「判断・評価基準」そのものも変化していくと考えられる。よって本研究における「感性情報」(抽出される数値データ)はその性質上、時系列的に変化し続けるものである。
「感性科学研究」の現在の課題「感性に基づく評価」による結果は、個人毎にその評価基準が異なる為「個人差」などの「バラツキ」をどのように捉えるかを加味しなければならない。また、同じ刺激を受ける場合にも、まわりの雰囲気・周囲の状況、本人の心的状況等「環境要因・状況差」といったものをデータに加味しなければならない。さらに状況要因、心的変化などの要因から、その評価が刻々と変化していく為「変化性」といったものを加味し、時系列的で膨大な量のデータをいかに処理するかを解決しなければならない。
人間の評価を「操作」「動作」「生理指標」に翻訳することに対する危険性
本研究では、「人間の感性に基づく評価を含む行動」を強制的に「単純化・限定化」するという処理を行っており、この処理を経ることによる「人間の感性に基づく評価データの劣化・変換」がどの程度なのか、この処理により「人間の感性を表出しているであろう情報の変化」の度合いがどの程度なのか、を検証することは行っていない。このような検証を行うことが現状で困難であることは明白であるが、こういった情報の翻訳が存在しているという事実が、本研究の基盤にあることを認識しておかなくてはならない。