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E-KURASHIの原点と特徴

 スーディK.和代:E-KURASHI研究者代表

 E-KURASHIの原点は北海道の吹雪の中を在宅訪問する訪問看護師の姿と訪問看護師や保健師を【いのちの護り人】として頼む在宅療養者の存在にあります。
そして、これは広域積雪地域の北海道や東北のみの課題はなく、瀬戶内海に点在する島々や⻑崎の離島も同様であることを地域医療に携わる医師や看護師と確認をし合いました。
 2009年に看護教員4名とデザイン学部の教員2名の6名で、【自身がホームと思う場所で療養をして健康回復を目指す、あるいは回復の見込がない場合でも在宅で終末期を迎えたいと願う人たちとそれらの願いを叶えたいと思っている専門職者を効果的、経済的、且効率よく支援するICTを用いたシステム構築】を目的に開発研究を始動しました。
北海道の遠隔地に位置する自治体の協力を得て、1訪問看護師と在宅療養者をつなぐ2保健師と療養者をつなぐ3療養者を真ん中に据えて、地域基幹病院・行政・訪問看護師をつなぐ4療養者とサービス提供者に本当に必要な情報を明確化して、得るべき指標を定める、などを可能にするために、実際の療養者とサービス提供者にシステム案を試用してもらう、改善するという反復作業を4年間重ねました。
 ICTを用いることで、療養者は在宅療養が可能になり、療養者から同じ情報を各専門職者が頻繁に聞き出す作業を回避でき、且、正確な情報を共有できる、又、緊急時/訪問不可能な吹雪の日の適切な対応や遠隔で療養者の生活状況を即把握することに加えて不必要な外来訪問を減らすことができる、などを可能にすると考えました。事実、健康課題を抱えた独居高齢者が不安を抑えきれずにほぼ毎日(危険を伴う吹雪の日も)血圧測定のためにだけ外来に来ていた事例では、E-KANGOシステム(E-KURASHIの原型でケアモデル)を導入することで、定期的にテレビ電話で病院看護師と状況確認をすることができました。それが療養者に安心感を生み外来訪問が減少しました。同時に看護師側も生活状況を(外来では不可能)スクリーンを通してアセスメントできたのです。これが、重症化を予防する手立ての一つになることを示してくれた事例でした。
 E-KANGO研究の過程で、30年余も寝たきりの療養生活で[誰にも会いたくない]孤立を通している人に出会いました。その出会いは、孤立の殻からその人を引き出そうと30年間努めていた保健師の思いによって作られました。E-KANGOシステム開発の2番目の試用者となることで、人と繋がり始め、彼は自宅に他人である研究者らを受け入れるようになりました。先述の保健師の言葉を借りると【この日をどんなに待ったことか、奇跡に近い】。彼の身体的状況は変わらないのですが、E-KANGOを通して社会に再参加をしました。別の事例では、後期高齢者の小学校卒の母親が難病で寝たきりの娘のためにシステムを活用できました。軽度認知症と診断された一人暮らしの療養者がシステムを活用することで、9か月間一人で暮らすことを可能にしました。
 これらの何れの事例も、操作の簡単さ、機器などへのカスタマイズの不要性、使用者が必要としているサービスの提供をキーワードとして、システム開発に臨んだからだと考えています。もう一つは、[これが役立つのではないか]という思い込みや推測ではなく、日々、地域で療養しながら生活をしている本当の療養者や家族、および厳しい条件の中で地域を支えようとしている保健師や看護師を対象とした、[生の声]をベースに寄り添いながら構築してきたことに特徴があります。
 2013年度末には、研究者らのみでの開発の限界に到達しました。これは汎用化を望む研究者には自然、且、成⻑の証でもありました。最終的に多くの人に活用してもらうには企業の力が必要でした。同時期に、国策として地域包括ケアシステムが明文化される中で、E-KANGOはケアモデルから発展させて、一人一人が自己健康管理を行い、健康課題を未然に防ぐ、あるいは早期発見につなぐことを目的に、E-KURASHIシステムの開発検証を開始しました。この段階でも、シニア層を中心とする地域の人たちの協力を得て、検証を重ねました。その検証には、都市部の高層集合住宅で単独あるいは老夫婦のみで生活をしている人たちのニーズの発見検証、AI使用を視野に入れたシニアのロボットに対する[気持]検証、に加えて、60名近くの札幌市⺠に⻑期にE-KURASHIシステムを活用してもらう実験を行い、自立心の高いシニアのニーズと課題を確認しました。同時にWEB化も行いました。
 E-KURASHIでの検証と改善は自治体で継続して使用していたケアモデルにも反映しながら進行し、2017年4月には道内自治体が実運用を踏み切るに至りました。

 本システムの特徴は、実際に健康課題を抱えて暮らす人々、自身の健康管理は自らリーダーシップを取りたいと考えている地域住⺠、日々ヘルスサービスを提供している専門職者、遠隔地の自治体が抱える課題の実情から導き出した論拠に基づいていること、複数年にわたる人々に寄り添う過程で生まれた信頼関係を基盤にしていること、過去4年間の産学連携による企業の確かな技術があること、などである。もう1点は研究の出発時点から看護やケアの視点のみではなく、デザイン学の専門家の視点をも包括した異分野連携によるチーム編成を意図的にしたことです。人間も社会に存在する数多のシステムは多面性を有し、複雑です。従って、一つの専門領域のみでモノやシステムを構築しても、ユーザである人間や社会には対応できない時代になっています。かつては、製品やシステムに人や社会が合わせる傾向がありましたが、いろいろな意味で豊になった現在、ユーザ個々の個性に合わせたモノづくり、コトつくりが、ユーザの体験分析を通して行われるのが一般的となりました(我儘になったといってもよいし、それだけ豊かになったと捉えることもできる)。単一専門領域のみで創出する製品は生き延びない可能性が高いと考えています。【色や形】【伝え方】を看護とは異なる視点で捉え、さらにそれらを具現化できるデザイン学の仲間との異分野連携は必須でしたし、今後もそうでしょう。

 国策として、自らの健康管理は自分で、そして、可能な限り在宅で療養することを促進している中、(基盤にある理由は異なるしても)80%以上が在宅療養を望む人たちと同じヴェクトルを向いています。また、地域の人たちの健康を支える保健師さんたちの思いも然りです。そして、日本のどの地域にいても質を落とさない医療・ケアサービスの提供を受ける権利をICTで支える役目の一端を本システムは担っていると思います。
 簡便で、一般的な機器で活用可能なE-KURASHIシステムは自己健康管理システムとしても地域の健康を支援する行政側のツールとしても役立つと考えています。今後は、ICTに関心も高かく、関連機器に抵抗の少ない(また、自立を重んじる)と言われる団塊世代の自己健康管理ツールとしての活用が推測されます。